Call Me By Your Name

君の名前で僕を呼んで

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字幕翻訳/松浦美奈

4回観ました。多分もう大丈夫(何が)

2回目観た直後に書いた短めの感想はこちら(被ってるところも結構ある)


1983年の北イタリアのどこか、大学教授のパールマンの家にアメリカの大学院生のオリヴァーがやってくる。屈託のないオリヴァーと、教授の息子のえらく教養のあるエリオのひと夏の物語


初回に見たとき、なんか思っていたよりも刺さらないなーと思ったのですよ。前評判は聞いていて、ものすごく期待をしていて、画像なんかも集めまくって(観て動揺しないように笑)いたのだけど、それが良くなかったのかな。普段は前情報入れないで見るタイプなので。

最初は多分、自分のジェンダーを意識しすぎて観たからっていうのもあると思うんだよな…女の子を駆け引きの道具に使いやがってどいつもこいつも…のような感じで。ただ4回目に観たら、あれ、でもあれか…ということもあったりしたので、そんなことをつらつらと書きますよ。

鑑賞後にお読みください


まず、映像がですね、美しい。いや、初回はあんまり感じなかった、なんか、答え合わせのようになってしまってね。それに、基本的に私はコントラストが高くて彩度が飽和してるような絵の方が好きだったりするのでね。で、3回目くらいに構図!光!影!ってなった。北イタリアの夏の、幸福を絵にしたような眩しい光、水面に映る月明かり、光の届かない部屋の中、光が浮き彫りにする美しい人たち。切り絵のように浮かぶシルエット。

一番好きな画は、エリオがある告白をした後にオリヴァーを湧き水の池?川?に連れて行く途中の二人が自転車で見えなくなるまでずっと置きピンで映しているシーン。ピントは二人を追いかけないで、ずっと手前の草にある。

アンチーゼが捕ってきた魚。あの瑞々しさ。

撮影監督はタイのサヨムプー・ムックディプローム(覚えられない)で、35ミリレンズと人工光を多用して撮影したんだって、びっくりだよ。絶対ピーカンにしか見えないし。そして、35ミリしか使っていないから、向こうから来て通り過ぎてあっちに行くというのを一発で表現してるのか。時折ピントが外れるんだよねえ…意図的なんだか、偶然なんだかわからんけど、それがムードを作り出してる。結構近い!っていうのがあってこれは今風。人工光と聞いたら、俄然興味が増した。

それから音。クラシックからポップソング、スフィアンスティーブンスが書き下ろした曲までのサウンドトラックもそれぞれ良いのですが、環境音がよい。鳥の声、牛の啼き声、水の流れる音、風が木の葉を揺らす音、裸足で歩く足音、ドアを閉める音、蝿の羽音。

テーマソング聞いてもらいましょうかね。というか、これは予告より長いので、ダイジェストといってもよいけど。

もう一曲、サイケデリックファーズのこの曲はいかにも80s。リリック付きのやつ置いておく。この前にエリオが見せる表情が素晴らしく良いのです。キアラといちゃこらするオリヴァーをじっと見るところから視線を外す時の表情。オリヴァーの踊りがダサいのは仕方ないんです、この頃はこういう踊りだったの、ちょっとどんくさいけど、許容範囲。

エリオは17歳、17歳にしてはいろんなことを知っているし、トリリンガルだ。音楽の才能もあるし、本もたくさん読んでいる。大人っぽいけど、それだけに子供っぽいところもある。オリヴァーがもしかしたら自分に好意を持っているのでは、と早い段階で気がつくのだけど、駆け引きというやつがわからなくてもやもやするんだけど、知ってか知らずか、自らも駆け引きするんですよ。エリオが着ているラコステのポロ、ノースリーブのボーダーシャツ、よくわからない柄のスイムショーツ(こういう柄がすごく80sぽい)、裸足。なんだか子供っぽいリュックサック。今残しておかないと変わってしまう少年体型、尖った顎、それから視線。たまに強くて、そして何も映していない時がある。これがまた良い。ティモシーシャラメ、フランス語は普通に話せるバイリンガルで、ピアノも素養があり、このルックというのはなんでしょうね、神は何でも与える。

オリヴァーはものすごく知識があるし、賢い。一応原作では24歳という設定(7歳違い)だけど、映画の中では年齢には言及されない。確かにちょっと大人すぎて見えるかもしれないけど、許容範囲じゃないかな。背が高く、がっしりとした骨格で、ブロンドに青い目でいかにもアメリカという感じ。加えて、ラルフローレンのボタンダウンに、長い脚を強調するようなツイルのショーツやスイムショーツ、足元はワンスターのハイカットにスポーツソックスというファッション。全く屈託というものを見せず、誰にも好かれている。バーの常連にいつの間にかなっている描写はすごくいい。ちょっとエリオがびっくりするのだ。そんな屈託のないオリヴァーがエリオとの一夜を過ごした後に、エリオの気持ちがわからずに眉根を寄せて心配そうな顔をする。ここで、主導権がエリオに移っているんですよね。それをあることをして主導権を取り戻し、破顔一笑する。犬歯丸見えで可愛い。誰にでも好かれるし、理想の王子様のようだ。アーミーハマーはすごくハマっている。

そのオリヴァーの手の動き。ゆで卵(ゆで卵のショットはエロい)を割る手、彫刻をなぞる手、そして、エリオに触れる手が官能的。

最初のうち全然気がついてなくてごめんなんだけど、マルツィア(マルシア:エステール ガレル)は、最初から気がついていたんだよねー。キアラのことで怒って私を誘っている?ってきっぱり聞いている。だから終盤の握手、一生友達というのがなんとなくわかった。失恋した戦友みたいなものだ。原因はエリオだけど…。キアラに対しては、くっつけようと思っているの?と聞かれてノーって言ってる。そのくせその後にオリヴァーに勧めるような口をきく。

最初のうちは、なんかこれミソジニーなんじゃないのかなって思っていたんだよね。女の子を駆け引きの道具に使って感じ悪い、ってね。今も全然思わないかっていうとそうでもないんだけれども…初回では若干憤慨してた。それは、また、ゲイ映画であるというような先入観があったからかもしれない。何で女の子出てくるんだ、的な。バイセクシャルなんだと思う、どちらも愛せる。それに別に純愛の話でもない。なんとなく、そういう話かなって勝手に想像していたのと違ったからといって憤慨するのおかしな話ですし。

パールマン家が、理想すぎる。あの、フランスの寓話を読むくだりとか、もちろん終盤のお父さんの助言とか。エリオとオリヴァーに何かあったことを感じた時の朝食のテーブルでのお母さんの視線がもう、笑っちゃう。もちろん両親も仲が良く、そして人が集まる家。家の中で3ヶ国語(なんならお母さんとお父さんはドイツ語もいける←寓話を読むときに一足先にお父さんの口元が緩む)が飛び交う。

最初の朝食以外はオリヴァーとエリオはテーブルを囲む時に隣に座る。

嵐の夜、ママがエリオにフランスの寓話の話をしたのは、偶然ではなかったのか。オリヴァーはなぜその話を中途半端に知っていたんだろう。それをきっかけにエリオはオリヴァーに気持ちを伝えることになる。そのシーン、音楽のせいで胸に迫ってくる、直接的な言葉ではないのだけど。二人はお互いの気持ちを確認するけど、オリヴァーはブレーキをかける。

湖から引き上げれらる彫刻、プールに転がり落ちるオリヴァー。水の中の足、重なり合う足。彫刻の腕と握手して、停戦を誓うエリオ、マルシアと一生の友達を誓う握手。マルシアに電話するエリオ、オリヴァーからかかってきた電話を受けるエリオ。

その日の夜に会おうとしている二人の描写も素晴らしかったよね。エリオはずっと時計(時間)を気にし続け(オリヴァーはわざと時間をきく)オリヴァーは父親とスライドのカタログを作っているのだけれど、その時に映されるスライドがヘレニズムの影響を受けているギリシャ彫刻(オープニングタイトルバックにも使われています)がノンシャランと官能的。お父さんのいう言葉が別の意味で刺さりすぎて、弱ったな…という表情になるオリヴァー。

そういう夢夢しい中に時折生々しいものが挟み込まれる。

それがハエである。多分演出なんだ、きっとハエにも演技つけてるんだ。わかっているけど笑ディスタービングなんだよー!気が散る!(監督より、あれは演出でもメタファーでもなく、本当にたくさんハエがいたんだよ!←マジか)

生々しいものは他にもいくつかある。

最たるものは、エリオの桃マスターベーションです。そしてそれに続くオリヴァーの行動。これ、えってなるよね(私はすでに知っていたけど、おう、ってなった)

しかし、この時の一瞬見せるオリヴァーの荒々しさ、力の強さのようなもの。大変セクシーです。

ラストのシークエンスで、オリヴァーからの近況が伝えられた時の微妙な反応、割り切った風を装うエリオ、「なにひとつ忘れない」(松浦さんの名訳、直訳なら、全て覚えている、全部忘れない)というオリヴァー。その後のエンドタイトルになだれ込む長回しのティモシーの演技。エリオが帰ってきた直後はゆっくりと落ちている雪が、この時には猛烈に降っているのも気になるけど、これまた演出じゃなかったりすんのかな…)最後にエリオを呼ぶママの声。

そして、そのあとの無音、そして予想外に早くついてしまう客電(慌てる俺たち)(そんなに気持ちを早く切り替えられないよ!)


この作品を観て気に入った人が、前作の胸騒ぎのシチリアを観てがっかりしたと言っているのをどこかで読みました。確かに、これとあれはなんかムードも全然違う。撮影監督も違うから絵も違うし。これはやっぱり脚本なんじゃないかな。作品によって全然違うムードで撮れる人なんかな…と思います。この作品なんかは、男性版ソフィア コッポラっていう感じもあるし。ただ、なんか突然の生々しさのような部分は共通しているかも。他の作品観てないけど(観たい)

ゲイ映画としてみるな、というような論調があるけど、そうか?とも思う。これが男女であった場合は陳腐とか言われてしまうに違いなく、ニコラススパークス的ないつもある泣かせる恋愛映画で終わっていたのでは?(いや、ニコラススパークスは大好きです)ゲイ映画ではないけれど、主人公たちは男性も女性も愛すバイセクシャルであることは大事なんじゃ?それがどうした?なのでは?という気がします。オリヴァーは実際のところ、くっついたり離れたりして2年付き合ってる彼女らしき人もいるし、キアラのあしらいだってすごく上手だ。それに、やおい的な見方もちょっと違うかなと。エリオは体格も少年で置き換えやすいけれども、BLだとかやおいだとかそういう文脈で見るとなんか違うなって思うと思うんだよね(初回のわたし)

全然関係ないけど、ここ最近のバイセクシャルで素敵な人といえば、アトミックブロンドのローレンブロートンですね。


タイトルやオープニングで文字を書いているのはイタリアに住む中国出身のカリグラフィーデザイナーのチェン リ。この書き文字がとても良いですよね。フォントにしてほしい(あったりして…)


原作(原書のKindleは結構前に買っていたけど、翻訳版を買いました←英語は速読できないので)と原作のオーディオブックも買いまして、聞いたり読んだりしていますが、原作はエリオの目線から書かれていて、エリオの思ったことも書かれているんですが、これまたかなり官能的です。それをアーミーハマーが読み聞かせてくれるんですが、やばい代物です。お勧めします。


プレスツアー中の二人はこの作品の中の人と思えないはしゃぎっぷりがすごいですよね、アーミーなんかは完全に第三者目線で見ていて、そのギャップとか笑っちゃうくらい。